大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)541号 判決

控訴費用中控訴人中沢礼三に関する部分は同控訴人の負担とする。

原判決中控訴人中沢英一同小川慎一に関する部分を左のとおり変更する。

控訴人中沢英一同小川慎一は各自被控訴人に対し金三十万円及びこれに対する昭和二十七年五月二日から支払ずみにいたるまで年五分の金員を支払うべし。

被控訴人の控訴人中沢英一同小川慎一に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用中控訴人中沢英一、同小川慎一に関する部分は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人の、その余を右控訴人両名の負担とする。

この判決は第四項及び前項にかぎり被控訴人において控訴人中沢英一、同小川慎一に対し各金十万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

二、事  実

控訴人ら代理人は原判決を取り消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張並に証拠の提出援用認否は左記のとおり附加するほか原判決の事実らんに記載されたところと同一であるからこれを引用する。

控訴人ら代理人の主張。

一、控訴人中沢礼三(以下本項においてたんに控訴人という)に対する請求について。

(一)  被控訴人の控訴人に対する本件亡失金の賠償請求は同控訴人が新道村(以下村という)及び新道村外十一カ町村伝染病院組合(以下組合という)の収入役としてその職務上保管していた村有金及び組合有金の亡失を理由とするものである。従つてその亡失金の賠償責任、その額の認定並びに賠償請求はあくまで地方自治法第二四四条の二の規定にもとずきなされなければならない。同条は昭和二十五年法律第一四三号によつて追加されたものであるが、それが追加された理由は、(イ)終戦後の地方公共団体の会計紊乱の傾向にかんがみ、その出納長、収入役その他出納関係吏員が法令の規定にもとずき職務上保管する現金又は物品を亡失又はき損した場合、公法上の賠償責任のあることを法定して明確にし、地方公共団体の長にその弁償責任を実行せしめる義務を命じ、亡失金の処理をうやむやのうちに葬ることを禁じたこと、(ロ)収入役等に対する賠償責任を確立する反面、従来の旧会計法(大正十年法律第四二号)のもとにおいて出納官吏の弁償責任が「出納官吏其ノ保管ニ係ル現金又ハ物品ヲ亡失毀損シタルトキハ善良ナル管理者ノ注意を怠ラサリシコトヲ会計検査院ニ証明シ責任解除ノ判決ヲ受クルニ非サレハソノ亡失毀損ニ付弁償ノ責ヲ免ルルコトヲ得ス」(同法第三六条)とあつて、はなはだ苛酷な責任となつていたのを、現行会計法にもとずく出納官吏の責任と同様にその亡失毀損について善良な管理者の注意を怠つた場合にのみ弁償責任を認め、その責任の緩和をはかり、またその弁償責任を免除し得る場合その手続を法的に明確にしたこと、以上の二点である。従つて被控訴人が控訴人に対し本件亡失金の弁償を請求するには、収入役たる控訴人がその職務上保管していた村有あるいは組合有公金の亡失について善良な管理者の注意を怠つた場合でなければならず、その立証責任が被控訴人にあることは明らかである。特に本件のいわゆる村有金の亡失は保管現金の現実の亡失ではなく帳簿上の欠損金不足金であり、その額については控訴人も争うものではない。これを村有金に不足を生じた場合特別の事情の立証なき限り不足金の全額につき少くとも過失あるものとすることは、前記法条の立法趣旨をじゆうりんするものといわなければならない。

控訴人は甲第二号証の村並びに組合の会計調査表中

(イ)  村の帳簿上の欠損金総額として

金七六四、八六六円九三(追加分五、七〇〇円)

(ロ)  組合のそれとして

金五一二、七三四円六〇

合計金一、二一六、八三一円五三

が昭和二十六年十一月十七日現在において存したことは争わない。しかしこの欠損金総額はすべて現実にいわゆる亡失したものではなく、一部自己費消のほか、帳簿上村、組合の正規の使途として証明するに足る証書その他の証票類の存在しない支出を含むものである。その欠損金の発生事由として控訴人の認めあるいは主張する項目及び金額は次のとおりである。

(1)  四五万円 芸者ふじの関係の自己流用。

(2)  一七万七千円 田村吾一村会議員への融通。

(3)  約一〇万円 上野前収入役より引継の時の不足金。

(4)  三万七千二百七十二円 笠原前村長の使込未処理金。

(5)  約三〇万円 堀田村長の要求による融通金。

(6)  約一四万円 堀田村長飲食代料亭への立替払。

合計約一二〇万四千二百七十二円。

右の項目及び数額は本件に関する刑事々件として捜査中起訴前すでに控訴人が検察官に詳細供述していることは同人の業務上横領被告事件の一件記録により明瞭である。このうち、(1) (2) については刑事判決により明確にされ、争いの余地はない。その余の部分についてはなんら刑事訴追がなされなかつたことは、捜査当局の厳重な捜査にも拘らず控訴人が横領したことの証拠がなかつたことを物語るものである。なおこの点につき地方自治法施行令第一七二条の二は「普通地方公共団体の長は、出納長又は収入役その他当該普通地方公共団体の職員が現金又は物品を亡失し又はき損した事件について刑事訴訟が提起されたときは、その判決が確定するまでは、地方自治法第二四四条の二の規定にかかわらずこれらの者に対しその損害を賠償させることができない」と規定している。しかるに本件請求は控訴人に対する刑事判決の確定前になされたものであり、その出発においてすでに違法なものであるのみならす、刑事判決の認定にそわない欠損金の全額にひとしい金額を請求することは右法条の趣旨に反するものといわなければならない。右(1) (2) のうち真に控訴人に賠償責任あるものは(1) の金四十五万円のみであり、(2) の田村吾一に対する融通金十七万七千円は控訴人の責任に帰せしめることのできないことは、(5) (6) の堀田村長への融通及び立替払と全く同様である。右(1) の四十五万円については控訴人は自己の財産一切を処分して被控訴人に弁済しているのである。

(二)  村が組合へ弁償した金十一万二千七百三十四円六十銭を控訴人に求償するのは失当である被控訴人の主張は、控訴人が村収入役として組合の収入役を兼務し、その在任中組合の会計より金六十二万五千円を村の会計へ不法流用し、ために五十一万二千七百三十四円六十銭の欠損金を生ぜしめたところ、右欠損金のうち金四十万円は控訴人が同組合へ弁償し、残額の十一万二千七百三十四円六十銭にについては村は控訴人の使用者として民法第七一五条にもとずき損害賠償の義務があり、その義務にもとずき昭和二十七年十月前記金額を村より組合へ弁済した、よつて村は被用者たる控訴人に対し右弁済額の求償権を行使するというにある。しかしこれは組合の欠損金につき控訴人の身元保証人たる控訴人中沢英一同小川慎一に対し保証人として責任を問うことにつき法律上の疑義があるため、それを免れる目的でなされた違法な一種のからくりである。右のからくりはまず控訴人が四十五万円を村へ弁償として提供した際、村では勝手にそのうち四十万円を組合の欠損金の弁済に充当することにより始つている。保証人の責任の及ばない組合の欠損金を一銭でも減少せしめるためである。村の組合への上記弁済は一種のからくりであるため法理上ははなはだしい無理がある。すなわち、村と組合とは全く別個の法人である。ただ慣例上組合の収入役は村の収入役が就任しており、控訴人もその慣例により組合管理者たる新道村長により組合収入役に任命されたのである。従つて村の収入役の仕事と組合の収入役の仕事とは観念的には全く別個のものである。前者の仕事の中に後者の仕事が包含されているのではない。今仮りに村の会計に不足を来たしたので控訴人が組合の収入役として保管している組合の金を村の会計へ不当流用して組合へ損害を加えたとする。この場合は控訴人が組合の収入役として組合へ損害を加えたのである。決して村の収入役としての仕事をすることにより、あるいはその仕事のために組合へ損害を加えたとのではない。これは明白な道理である。民法第七一五条の適用があるためには村の収入役の仕事をするについて組合へ損害をかけた場合でなければならない。もし被控訴人の論理が許されるならば、村の会計へ生ぜしめた欠損金について組合は控訴人の使用者として村に対して民法第七一五条による賠償責任を負うともいわざるを得ないであろう。けだし控訴人は組合の収入役として村の収入役の仕事をしているからである。被控訴人の論理のあやまりは明白である。本件において村は組合へ不当利得の返還義務はあるとしても民法第七一五条にもとずく使用者としての損害賠償義務は全然存しない。従つて村が組合へ支払つた金十一万余円の賠償金につき控訴人に求償するのは法律上の根拠を欠くものである。

二、控訴人小川慎一同中沢英一(以下本項において控訴人らという)に対する請求について。

(一)  控訴人らと村との本件身元保証契約は公の秩序に反するものとして無効である。

(イ)  国又は地方公共団体とその公務員との身分上の関係は、実質的には一種の雇傭関係であるが、それは公法上の雇傭関係で私法上のそれと異なり特別の権力関係である。公務員の身分上の権利義務責任はすべて国又は地方公共団体の組織法及び国家公務員法又は地方公務員法によつて規整され、任意の私契約による規整は許されない。

(ロ)  国又は地方公共団体は現在の法制のもとにおいて、その公務員特に公法上の賠償責任を法律上負わされている出納関係公務員の任命にあたり、あるいは任命後、その公務員に対する無限又は全面的な損害担保契約の性質及び効力をもつ身元保証契約という私法上の契約の締結を当該公務員に要求できるか。もしできるとすれば公務員の義務として上述の組織法、公務員法になんらかの規定がなければならない。しかるにこれらの関係法規には身元保証契約に関する規定は存在しない。この事実は現行法制のもとにおいては公務員の身元保証制度は法規上認めない趣旨と解するよりほかはない。

(ハ)  旧府県制、旧市制、旧町村制には府県市町村の吏員に対する身元保証に関する明文の規定が在した(府県制第一二六条、市制第一七一条、町村制第一五一条)。しかるに終戦後右に代るものとして制定された現行地方自治法は吏員の身元保証に関してなんらの規定を設けなかつた。これは立法者がその規定を忘れたものでなく、またその必要性を任意性に改めたものでもなく、むしろ社会の推移にかんがみこのような封建的連坐制の色彩の強い身元保証制を一律に公法上の雇傭関係より排除するための意織的な立法意思のあらわれであると解する。

(ニ)  右のような法規の形式的な面のみでなく、実質的な面においても、私企業における雇傭関係の身元保証と同様に取扱い得ない理由が存する。すなわち私法上の雇傭関係は採用監督その他すべて原則として当該私企業の自治に任かされている。公務員に関するそれはすべて法規によつて規定され、特にその監督は法によりその方法が強要されている。たとえば市町村の収入役の取扱う公金の保管方法、会計事務の処理はすべて法規の規整があり、地方自治法第二四〇条のような監督方法も規定されている。国家の出納官吏に対する監督また然りである。従つて公金の亡失等による国家地方公共団体のこうむるべき損害は、法が規定し命ずる監督方法の励行により極力未然に防止さるべく、個人たる身元保証人の損害担保責任によつて防止救済されるべき筋合のものではない。今日出納官公吏の取扱う多額の公金に対し本人以外にその身元保証人が個人で継続的にその損害を担保する責任を負担することは不可能であり、また担保としては実効性なく無意味でもある。特に公法上の賠償責任においては私法上のそれと異なり、自由な免除妥協は許されず、保証人の責任はきわめて苛酷なまで重大となる。契約の自由が原則として支配する私法上の雇傭契約関係においてさえ、身元保証については法が公益の立場から強力な法的干渉と規整を加え身元保証人の責任の減免をはかつている現在の法制の精神より見て、国あるいは地方公共団体がその責任において任命し特別の権力関係のもとに法にもとずく厳重な監督に服する公務員につき連帯無限の損害担保責任を負担する身元保証制は法の明確な根拠のないかぎりこれを認めないというのが法の正しい解釈であろう。

(ホ)  最近市町村の綱紀の弛緩のため公金の亡失事故多く、その防止策として市町村においてその吏員に対し身元保証書の差入を要求する事例多く、また自治庁もこれを黙認あるいは奨励しているとも、もれ聞く。しかしこれらの事実は地方自治法、地方公務員法についての十分な法的反省確信のもとになされているものとは信じ難い。被控訴人は本件控訴人中沢礼三の身元保証は村の従来の慣例にもとずくと主張するが、同村の条例中にも収入役の身元保証の規定なく、前記法の精神にてらして違法な慣例は法的効力なく、むしろかかる慣例にこそ廃止さるべきである。

(二)  控訴人らの損害賠償責任は否定されるべきである。

かりに、本件身元保証が無効でないとしても、次の事情をしんしやくする時は、身元保証ニ関スル法律第五条の適用により身元保証人たる控訴人らの賠償責任は全面的に否定されるべき十分の理由がある。

(イ)  身元保証をするにいたつた事情。

控訴人中沢英一同小川慎一が甲第一号証の身元保証書に署名して村に差入れたのは身元本人たる控訴人中沢礼三が昭和二十四年十月八日村議会の同意を得て収入役に選任されて約三カ月後であり、その保証書の記載文言及び保証人たるべきものは当時の村長からあらかじめ指定されたのである。控訴人中沢英一は義兄、小川慎一は実兄としてすでに収入役として事務をとつている控訴人中沢礼三のため身元保証書に署名せざるを得ない立場に追いこまれ、そこに任意性をいれる余地はなかつたのである。旧大審院判例(昭和十年十一月二十九日)の表現を藉りるならば「辞スルニ術ナキ窮地ニ置カレテ已ムヲ得ス之ヲ締結」したのであつて、決して身元本人が収入役として公金取扱の重責を有することを知りながら「忽漫事ニ任シテ以テ噬臍ノ悔ヲ後日ニ貽シ」たのではない。しかも控訴人中沢礼三の小心、誠実な性格を知る親族らとして収入役に対する厳重な監督制度に多大の信頼をおいていたのである。

(ロ)  使用者たる村における監督上の過失。

村の収入役及びその会計事務に対する直接の監督者は村長である。地方自治法第一四九条第四号は村長の職務の一として「収入及び支出を命令し並に会計を監督すること」と規定する。村の収入役は村の出納その他の会計事務を掌るが村長に対し全然独立した財務機関ではなく、村長の監督の下にその会計事務を執行するのであつて、その監督権は決して、単に収入役がその会計事務につき、違法・越権又は錯誤等の非行のあつたときはじめてこれに対し適当な矯正手段を講ずるというような狭いものではない。しかるに控訴人中沢礼三が収入役在任中の村長堀田誠一郎はその監督者たるよりもむしろ村会計紊乱の誘発者であり、その張本人であつたともいえる行動をとつていた。すなわち自己の私用のためしばしば収入役たる中沢礼三をして村金を融通せしめ、あるいは料亭における自己の遊興飲食代を公金より支払わしめる等、監督者自ら違法不当な公金支出を収入役に強要していた事実は争ないところである。控訴人らの計算によればこのような公金支出にして未整理なもの約四十七万余円に達する(その一部は甲第二号証の調査表中に明白に露呈されているのである)。次に地方自治法第二四〇条により法定されている毎月の例月検査、年二度の臨時検査もきわめて形式的なものであつた。監督者や検査をする当事者自身、その公金不正不当消費を知つているが故に全くの盲判検査である。決して控訴人中沢礼三の巧妙なからくりにより村長その他検査当事者がごまかされていたのではない。村の予算高から考えても百万円を超える欠損亡失は通常の注意をもつて検査すれば容易に発見し得るはずである。さらに昭和二十五年度の決算に際しては堀田村長はすでに相当の欠損金の存在を了知しながらなんらの処置をも講じていないのである。被控訴人は村長は村の代表者ではあるが使用者本人ではなく一被用者に過ぎないから村長の行為を身元保証人の責任額を定めるについて過大評価すべきではないと主張する。しかしこれは法人理論、地方自治法の規定の全き誤解を示す以外の何者でもない。右の所論によれば法人が使用者である場合身元保証法第五条の実益はほとんど失われるであろう。

(ハ)  身元本人の弁償。

控訴人中沢礼三が収入役の地位を利用して直接自己に費消した村金は金四十五万円であることは前記(一)において述べたとおりで、しかもこの金額はすでに弁償してある。本訴請求にかかる亡失金はほとんど村及び村関係者自体もまた責任を負うべき性質のものである。とうてい純然たる第三者の身元保証人にその賠償を請求し得べき性質のものではない。

(ニ)  身元保証制度の現在の意義。

先に指摘したとおり損害担保契約としての身元保証制度は、今日雇傭関係についての社会的現実の見地より、また附従的強制的な契約という法学的観点より、徹底的な批判検討の必要に迫られている。「身元保証ニ関スル法律」の制定された昭和八年頃とは社会情勢、特に雇傭制度における被用者の立場はすでに大いなる変転を示している。従つて同法第五条についての裁判所の態度もそこにおのずから異つたものがなければならないはずである。ことに敗戦のもたらした個人財政の窮乏化、国、地方公共団体、大企業の取扱う資金と個人資金とのはなはだしい懸絶は十分に考慮される必要がある。これら大企業等がその被用者の行為によりこうむるべき損害をすべて個人たる身元保証人の資産資力により担保しようとしてもその実効性なく、他方強制的な身元保証契約にもとずいて弁償を求められる保証人にとつては破産か死を選ぶよりほかはないであろう。身元保証制が身元保険に移行すべき必要性は一層たかまりつつある。ここに右法律第五条の一層勇敢強力な活用と発動が要請される現在の事由が存する。

被控訴代理人の主張。

一、控訴人中沢礼三(以下本項中においてたんに控訴人という)に対する請求について。

(一)  地方自治法第二四四条の二が追加施行せられたのは昭和二十五年五月十五日からで控訴人の収入役在任期間の中途にあたり、本件亡失金の発生時期は同条施行の前後にまたがるわけであるが、控訴人が村及び組合に本件亡失金を生じさせた原因について顕著な事実のみをあげても左記のようなはなはだしい不法不始未をあえてしているのであるから、特別の事情のない限り同人が本件亡失金の全般につき民法上故意又は過失の責任あると同時に地方自治法第二四四条の二にいわゆる善良な管理者の注意を怠つたものとして責任あることは明らかである。

(1)  控訴人は収入役として保管中の村公金を訴外田村吾一に対して昭和二十四年十二月末ごろから昭和二十五年十一月二十日ごろまでの間に約六回にわたり計金二十四五万円を浮き貸し一銭もその返済をさせなかつた。

(2)  同人は収入役として保管中の村の勧業銀行高田支店預金中から昭和二十六年四月ないし六月までの間に三回に合計四十五万円を引出した上芸者ふじのこと石田スミに贈与した。そのほか控訴人が村公金を松月、宇起世等の料亭で遊興飲食に費消した金額も数万円ある状態である。

(3)  控訴人はその取扱の村歳入金中訴外川崎真治の競売代金受入金十七万六千三百円、高田市からの稲田橋分担金受入金三万円、民生事業助成会からの受入金一万九十四円九十二銭等を本件亡失金調査の時まで村の歳入帳簿に記帳せずに各受入金を秘匿費消していた。

(4)  控訴人は村の出納検査の時等に際し会計の欠損金を補填するためその取扱にかかる組合の銀行預金中から勝手に昭和二十六年三月二十三日金四十万円を、同年五月十四日金二十二万五千円を村の預金又は会計へ流用移譲するの不法を行つていた。

もともと右地方自治法第二四四条の二の収入役の賠償義務は法律上全然あらたに創設されたものでなく、本来民法上存した賠償義務の範囲で公法上も収入役に賠償義務を認め町村長にこれが徴収責任を命じたものに過ぎず、従つて同条の適用のない場合においても民法上の本来の賠償義務を免れるものでないことは明らかである。控訴人らは本件請求は地方自治法施行令第一七二条の二に違反すると主張するけれども控訴人に関する業務上横領被告事件はすでに判決確定し同人は服役を終えた現在においては全然問題でない。

(二)  村が組合へ弁償した金十一万二千七百三十四円六十銭の求償について。控訴人は村収入役であると同時に慣例により組合管理者たる新道村長から組合収入役に任命されたものであるところ、村会計における亡失金を穴埋めする等のために組合の銀行預金中から前記のように二回に合計六十二万五千円を村の銀行預金その他の村会計へ不法に移譲繰入して村の出納に流用し、それだけ組合に損害をかけ、該損害の昭和二十七年十月当時まだ弁償されない残額が金十一万二千七百三十四円あつたのである。村は組合に対し右損害金を弁償すべき法律上の義務があつた。すなわち(イ)控訴人は村及び組合の収入役としてなんらか正当の理由がなければ組合の金員を村会計へ繰入れ村会計に使用することのできないことは当然であるに拘らず、村会計の亡失金を穴埋めする等の不法に組合の銀行預金を村の銀行預金など同会計へ移譲繰入し、村収入役として受入すべからざる右組合の金を受入れて村会計に流用し、それだけ組合へ損害を与えたものであり、これ村の被用者たる収入役が収入役の職務執行について(むしろ執行々為自体により)組合の権利を侵害し組合へ損害を及ぼしたわけであるから、民法第七一五条により使用者たる村は組合に対しその損害賠償をなすべき責任があつた。(ロ)また同時に村は法律上の原因なくして組合の前記金員を移譲繰入したもので、組合の損失において村は利得しているものであるから、村は現存利得額を民法第七〇三条にもとずき返還すべきものであつたのである。以上のような法律上の義務として村は組合に対し組合の現存損失金十一万二千七百三十四円を弁償したものであり、控訴人は右違法行為の行為者本人として村からの求償に応ずべきことはもちろん、甲第一号証の契約にもとずき同人が村との間で「収入役在任中村へ金銭その他にて欠損を掛けた時は之が賠償を為し聊も御迷惑掛けないこと」を約定したところによつても村に対しこれを弁償すべき義務のあることは当然である。控訴人小川慎一同中沢英一についてもその身元保証契約の趣旨によりこれが弁済義務あることも明らかである。

二、控訴人小川慎一同中沢英一(以下本項においてたんに控訴人らという)に対する請求について。

(一)  控訴人らは本件身元保証契約は公の秩序に反するものとして無効であると主張するけれども、正当ではない。

(イ)  本件の身元保証契約は公務員たる収入役自体の服務義務その他身分上の権利義務ないし責任を軽減しもしくは規整せんとするものではなく、ただ収入役が職務上の任務にそむき村に経済的損害を与えた場合に身元保証人をして共同して村の損害を弁償せしめんとするに過ぎないから、公務員の身分上の権利義務ないし責任がすべてその組織法や公務員法により規整され、私契約による規整が許されないということはなんら本件契約を無効とする理由にならない。

(ロ)  公務員の任命又は任命後にその義務としてかかる身元保証契約の締結を強制するためには法的根拠も必要であろうが、身元保証人が承諾の上これを締結するには別に法的根拠は必要ない。

(ハ)  旧府県制、市町村制には身元保証を予定した規定があつたが、現行地方自治法にその規定がないのは、地方自治法や地方公務員法が種々進歩的なかつ整備された服務義務や監督関係を規定し公法上雇傭契約の色彩を強くあらわすことになつた推移にかんがみ、かような公務員に一律に私契約による第三者の身元保証制を強制まですべきでないとしたまでであり、事情に応じ身元保証人を立てて公務員による地方公共団体等のこうむつた経済的損害を弁償させる契約をしたからといつて、かえつて地方自治の強化に役立ちこそすれなんらこれを阻害することはないから、現行法上そのことを予定した規定がないからとて直ちにこれを許容しない法意と解すべきものではない。

(ニ)  かえつて従来町村における収入役の出納事務機構や帳簿組織などの現状は漸次改善されつつあるとはいえ、国や府県大都市などのそれに比してまだ旧式かつ幼稚であり、これを監督する立場にある町村長や検査立会人の町村議員なども経理や帳簿組織などに専門的知識乏しく、要は町村内から挙げられた収入役その人を信頼してぼう大な町村会計一式を任せているのが普通の実情であつて、もしも収入役がその信任を裏切るならば容易に本件の如き公金費消等がなし得られ、また容易に発覚し得ないことがありがちであり、従来町村には比較的長期にわたる公金亡失事故が跡をたたないのもかかる実情に原因するのである。この故に従来町村等においては収入役につき一般に親族などによる身元保証契約を締結させているのであり、村においてこれを慣行とするのであつて、県や自治庁でもこれを許容もしくは奨励しているのである。この意味から現行法上その禁止規定がない限り身元保証を有効とすべきものである。

(二)  身元保証ニ関スル法律第五条の適用に関する主張について。

(イ)  控訴人らは中沢礼三が収入役に選任されてから保証を依頼されかつその義兄、実兄たるの関係からこれを承諾するの余儀なかつたことを主張するけれども、このような事情は全く通例当然の事柄に過ぎず、かえつて本件の場合は赤の他人が頼まれて保証したのと異なり義兄、実兄という近親者として本来当然保証人となるにふさわしい間柄にあり、かつ両人とも不動産その他十分な資産を有し、村会議員用水組合理事高校教諭など勤め、地方では上流の知識人に属し、収入役が村公金を取扱う重責を負うことは十分承知して保証したものであるから、控訴人らの保証事情にその責任を軽減すべき事由は毛頭ない。

(ロ)  控訴人らは監督の地位にあつた村長堀田誠一郎が中沢収入役から私用のため村金の融通を受け又は飲食遊興代を支払いさせその未整理分が約四十七万円に達すると主張するが失当である。事実は堀田村長が娘の婚礼出京の時に自己の給料交際費から前借した金四万円(一回)の残り二万五千円が未整理だつたのと堀田村長が中沢収入役と飲食した代金を中沢収入役が仮払いしておいたものが三回分計二万七千円あつて未整理だつたが事件発生直後に堀田村長から村へ全部これを清算した事実があつたに過ぎない。この程度の便宜処理はもちろん正しいことではないが多くの町村でもありがちなことであり、もとより中沢収入役の長期にわたる巨額の亡失金とは関係がない。控訴人らは村の会計についての例月検査及び臨時検査は盲判検査というけれども、村会計等に亡失金の存在することは中沢収入役が昭和二十六年十一月はじめ意外な芸者問題から警察の取調を受け大湯温泉での服毒騒ぎを起すまで、堀田村長はじめ村関係者のなんびとも知らなかつたことであり、もしこれを知つていたならば不問に付するはずはないのである。本件においては日々の出納進行中に適格な検査をすることは実際上不能に近く、たんに多額の亡失金を発見し得なかつた結果のみをもつて村の出納検査が粗漏であつたとはいい得ないのである。

その他控訴人らが身元保証人の責任軽減事由として主張するところは事実と相違しもしくは採るに足らない事情に過ぎない。

三、なお従前の被控訴人たる新道村は昭和二十五年四月一日から廃され、その区域を高田市に編入され、従前の新道村の権利義務は一切被控訴人高田市において承継した。

<立証省略>

三、理  由

一、控訴人中沢礼三に対する請求について。

(一)  村有公金の亡失について。

控訴人中沢礼三が昭和二十四年十月八日から昭和二十六年十一月十七日まで新潟県中頸城郡新道村(村)の収入役の職にあり、村有公金の保管出納その他の会計事務を掌つていたこと、その間控訴人中沢礼三が、金額の点はしばらくおきその保管にかかる村有公金を亡失したことは当事者間に争なく、原審における証人大島民蔵、同杉本宗一郎、同小関静夫、原審及び当審における証人上野哲二の各証言、これらにより真正に成立したものと認めるべき甲第二号証の記載、並に本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、控訴人中沢礼三の在任期間中における村有公金の亡失(欠損)は昭和二十七年一月当時において少くとも金七十万四千九十六円九十三銭であつたことが明らかである。

被控訴人は右金額は控訴人中沢礼三が収入役として故意もしくは少くとも過失によつて村に対しこうむらせた損害であり、控訴人中沢礼三は村に対してその賠償義務があると主張する。

よつて按ずるに、普通地方公共団体たる村とその収入役との関係は公法上の雇傭関係であり、しかも一種の権力服従の関係に立つものであつて、地方自治法及び地方公務員法の適用を受けるものであることは論なく、地方自治法第一七〇条第一項により収入役は出納その他の会計事務を掌るものであり、これにともない各会計年度の歳入より歳出にいたる間の金銭の保管は当然に収入役の職務内容をなすものであることは明らかである。この点につき控訴人中沢礼三は村有公金の保管は村長の職務に属しかつ収入支出は村長の命ずるところであるから(地方自治法第一四九条第三号四号)、村有公金の亡失事故については村長の責任に帰せしめられるべきであると主張するけれども、右地方自治法第一四九条第三号により村長の管理に属せしめられた財産とは基本財産、特別基本財産、積立金穀その他村に属する一切の財産をさすものではあるが、当該年度の歳入歳出予算にかかる現金の収入はこれを含まず、これはもつぱら収入役の職権に属するものと解されているのであり、収入支出の命令は村長のするところであつても右命令にもとずき現実にその受入払出の事務を扱うものは収入役であるから、結局収入役につき収入より支出にいたるまでの金員保管の責任を否定せしめることはできないのである。しかして収入役がその職務をとるにあたつては、法規に従い忠実かつ正確に行うべきことの要請せられるのは事の性質上当然であり、いいかえれば善良な管理者の注意義務をもつてすべきことが職務上要求せられているのである。もし収入役にして故意又は過失によつて右注意義務に違反しその保管する金員を亡失し村に損害を及ぼしたときはこれが賠償義務あることはもちろんであつて、この点において民法第七〇九条の規定の適用あるものというべきである。控訴人指摘の地方自治法第二四四条の二はこのことを当然予定したものであつて、あえて右民法の規定を排除する趣旨と解すべき理由はなく、その他収入役と村との関係を規律する前記公法上の諸規定によつてもかかる賠償責任を否定せしめる趣旨はうかがい得ないところである。これを本件についてみるに、昭和二十七年一月当時において控訴人中沢礼三の保管にかかる村有公金の不足額が金七十万四千九十六円九十三銭であること前記のとおりであるが、村有公金の不足は同控訴人の収入役就任直後からはじまりその在任期間中にわたつて逐次累増し、その間同控訴人の補填弁償等を経かつ後記のとおり組合所有金六十二万五千円が村会計に繰入られた結果、前記日時前記の数額が現実の不足金としてあらわれたという関係にあり、たんに一回の行為によつてできたものでないことは本件口頭弁論の全趣旨から明らかである。このような事実関係の下では、もし収入役たる控訴人中沢礼三が法規に従い忠実に事にあたりその尽すべき注意を尽したものとすれば、その職務として保管する公金を亡失減少せしめて前記のような不足金を生ぜしめることはまずあり得ないと考え得るところであるから、なんらか特に本人の責に帰すべからざる特段の事由のない限りはいちおうこれは同控訴人の故意もしくは少くとも過失にもとずくものと推認してさしつかえないものである(このことは一般に収入役の行為につき無過失責任を設定するのでないことはもちろんであり、具体的な場合における立証責任の分配に過ぎない)。この点につき前記村と組合との双方にわたりこれら不足金を生ぜしめた原因として控訴人は前記事実らん一(一)の(1) ないし(6) を主張するのである。このうち右(1) の四十五万円は控訴人中沢礼三が自ら着服横領の上芸者ふじのこと石田スミに贈与したものであり、(2) の十七万七千円は控訴人中沢礼三が田村吾一に故なく貸与して費消したものであることは当事者間に争なく、右金額の合計六十二万七千円は同控訴人が故意に村有公金を処分して村に損害を生ぜしめたものであることは疑いがない。控訴人は右(2) はなお控訴人の責に帰すべきものではないと主張するけれども、収入役として村有公金の保管の責あるものが、故なく第三者にこれを貸与することの許されないことは明白であり、その貸与にあたり自己に利息その他利益を取得する意思があつたかなかつたということは問題でなく、その弁済が得られず現に村有金に不足を来している以上、村に対する損害賠償義務を免れるものではない。次に前記(3) の約十万円につき、控訴人は昭和二十四年十月収入役就任の際前収入役上野哲二から事務引継を受けた際右金額が不足したままであつたと主張し、成立に争のない乙第五号証及び当審における控訴人中沢礼三本人尋問の結果中にはその主張に副う供述記載及び供述があるけれども、右供述及び記載は前記甲第二号証、成立に争のない甲第十五号証の一、二及び乙第三号証中村費引継書と題する書面、前記証人上野哲二の証言(原審及び当審)にくらべて容易に信用できず、その他にこれを認めるべき的確な証拠はない。かえつて右挙示の各証拠及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、右事務引継の際には控訴人主張のような不足金はなく、控訴人の在任中これについて問題を生じたことなく、かつ本件事件発覚後の調査においても控訴人は引継の際に異常のなかつたことを認めているのであり、ただ前記引継が二回にわたつたのは当時村立中学校の建築を特別会計で処理し村の一般会計とは別個の立前をとつていたところ年末にいたりこれを一本で処理することとなつたため整理に手間どつたという事情にもとずくに過ぎないことがうかがわれるところである。従つて右金額が当初から控訴人中沢礼三の保管になかつたものとすることはできない。次に前記(4) の三万七千二百七十二円笠原前村長の使込未処理金については、前記甲第二号証の記載並に本件弁論の全趣旨によれば控訴人中沢礼三の就任当時前村長笠原の使込による欠損金十五万二千円の存したことはこれを認め得るところであるが、右甲第二号証の記載及び原審証人堀田誠一郎当審証人上野哲二の各証言によれば、右欠損金については控訴人中沢の在任期間中右笠原の弁償その他により合計十五万一千九百四十円が補填され、わずかに金六十円を余すのみであり、この部分は前記昭和二十七年一月現在亡失金額には含まれていないことが明らかである。もつともこの点について前記乙第五号証、成立に争のない乙第六号証の各記載前記控訴人中沢礼三本人の供述中には、右欠損金の処理されない分として前記控訴人主張の金額が存するとの部分があり、前記甲第二号証の記載によれば本件事件の発覚後の調査に際しても控訴人は同様の主張をしていたことが認められるけれども、前記証人上野の証言にくらべて信用のできないところである。さらに前記(5) 及び(6) の事実はそれ自体村収入役としての正当の支出というものではなく、収入役たるものは当然かかる支出を拒み、もしくは少くとも直ちにその回収をはかり、もつて村有公金の減少を防止すべき地位にあることは明らかであり、それが身分上監督の地位にある村長(地方自治法第一五四条)の申付けであるとの一事によりその責を免れるべきものではない。従つて真実かかる支出があるとすれば控訴人中沢礼三においてこれを堀田村長に請求し得べきは勿論であるが、これによつて村有公金を減少せしめた限度において、その管理義務に違反したものとすべきことは前記(2) と同様である。しかのみならず当時堀田村長に対する若干の融通金及び飲食代立替金の存したことは本件の証拠上明らかであるが、その額についてはこの点の控訴人の主張にそう当審における控訴人中沢礼三本人尋問の結果、前記乙第五、第六号証の同控訴人の供述記載は、原審証人堀田誠一郎の証言にくらべて信用し得ず、かえつて右証言及び前記甲第二号証の記載によればこれら村長への融通金等は同人に支給すべき給料及び交際費等により逐次決済せられ、最後に六万余円の未処理金を残したが、これも本件事件発覚後昭和二十七年一月当時までに同人から全額支払があり、結局前記算出の亡失金額中には含まれないことが明らかである。

しからば控訴人中沢礼三はその収入役在任中故意又は過失によつて村有公金を亡失したものとして、その額金七十万四千九十六円九十三銭につき村に対し賠償義務あることは明らかである。これに対し同控訴人が昭和二十七年三月中金五万円を弁済したことは当事者間に争ない。もつとも同控訴人は当審において同人は右金五万円を含めて金四十五万円を村に対する賠償として弁済した旨主張するにいたつたが、この点に関する前記控訴人中沢礼三本人尋問の結果は信用し難く、成立に争のない甲第十七号証の一、二に当審証人上野哲二の証言及び本件弁論の全趣旨をあわせれば、本件事件発覚後組合は後記のような控訴人中沢礼三に対する損害賠償債権をもつて同人の不動産等を仮差押したので同控訴人は組合と了解の上右不動産を任意処分しその代金をもつて組合に対し金四十万円、村に対し金五万円を弁済したものであることを認めることができる。従つて控訴人中沢礼三の村に対する賠償義務は金六十五万四千九十六円九十三銭となること算数上明らかである。なお同控訴人は地方自治法施行令第一七二条の二を援用するところ、同控訴人が前記(1) 及び(2) の事実につき業務上横領として刑事訴追を受け、その旨有罪の判決を受けて右判決が確定したこと、その余の部分については起訴がなかつたこと、本件請求が右判決の確定以前になされたものであることはいずれも本件口頭弁論の全趣旨から明らかであるが、すでに右判決の確定した以上本件請求自体を違法とすべき理由はなく、また同条は刑事判決における認定と異る金額の賠償請求を禁止する趣旨でもないことはその文言上自明であるから、この点の主張は失当である。

(二)  組合有金の亡失について。

控訴人中沢礼三が前記村収入役在任期間中かねて新道村外十一カ町村伝染病院組合(組合)の収入役をもつとめ、組合の出納その他の会計事務を掌つていたことは当事者間に争なく、原審における証人大島民蔵、同杉本宗一郎、同小関静夫、原審及び当審における証人上野哲二の各証言、これらにより真正に成立したものと認める甲第十号証及び前記甲第二号証の各記載に前記認定事実をあわせれば、控訴人中沢礼三は右組合収入役として在任中その保管にかかる組合所有金員のうちから昭和二十六年三月二十六日金四十万円を、同年五月十四日金二十二万五千円を勝手に流用して村会計に繰入れ同額の組合有金を減少せしめ、一部補填の結果昭和二十七年一月当時においてその金額は五十一万二千七百三十四円六十銭に及ぶことを認めることができる。この事実によれば控訴人中沢礼三はその保管する組合有金を故意に流用し、よつて組合に対し前示金額相当の損害をこうむらしめたものであつて、これを組合に対し賠償すべき義務あることは明らかである。控訴人中沢礼三は右組合有金の流用は組合管理者たる新道村長堀田誠一郎の承認のもとにしたものであるから村と組合との貸借であるに止まりなんら控訴人の不法行為となるものではないと主張するけれども、右流用につき組合管理者たる右村長の承認のあつた事実は当審における控訴人中沢礼三本人尋問の結果によつてもこれを認めるに足りず、その他にこれを認めるべきなんらの証拠がないから右主張は失当である。しかして控訴人中沢礼三が昭和二十七年三月中このうち金四十万円を組合に弁済したことは当事者間に争ない(同控訴人は当審において右金四十万円は前記五万円とともに村に対する賠償として弁済したと主張するけれども、自ら不利益な事実であるのみでなく、その然らざることは前認定のとおりである)。従つて同控訴人は組合に対しなお金十一万二千七百三十四円六十銭の支払義務を有したこととなるのである。

ところで被控訴人は、昭和二十七年十月十三日村は組合に対し控訴人中沢礼三が右流用によりこうむらした右損害残額十一万二千七百三十四円六十銭を弁済したと主張し、これにもとずき右金額を同控訴人に請求するものであるところ、原審における当時の原告代表者植木干次郎尋問の結果及びこれにより成立を認めるべき甲第十一号証の記載によれば、右弁済の事実はこれを認めるに十分である。被控訴人の主張は組合の前記損害は控訴人中沢礼三が村の収入役としてその職務の執行につき加えたものであるから、村はその使用者として民法第七一五条により組合に対し本来その賠償義務あるものであり、右弁済により行為者たる控訴人中沢にこれを求償するというにある。成立に争なき甲第十四号証の記載と本件口頭弁論の全趣旨によれば、右組合はその規約においてその管理者を新道村長とし助役は当該村の助役をこれにあてることとし、収入役、主事、出納員は管理者が組合の議会の同意を得てこれを選任することと定めているのであり(規約第十条)、従来の慣例として新道村収入役が組合収入役に選任せられることとなつていたため控訴人中沢礼三は村収入役に就任すると同時に右規約にもとずき所定の方法で組合収入役に選任せられたものであることが明らかである。従つて新道村長や助役が組合の管理者又は助役となるのはその地位にともない当然のこととされるけれども収入役の場合はこれと異り村収入役たる地位にもとずき当然組合の収入役をかねるのではなくて、組合管理者たる村長が議会の同意を得て選任してはじめて然るのである。管理者は村収入役以外の者を組合収入役に選任しても差し支えなく、只慣例上村収入役を選任することとしているに過ぎない。そして村と組合とはそれぞれ別個の法人であるから、村の収入役と組合の収入役とは現実には同一人があてられるとしても、両者はその資格を異にしてその職務もこれを区別しなければならないことは当然である。控訴人中沢礼三が組合の収入役としてその保管する組合の所有金をほしいままに流用したのは同人が組合の収入役としてしたものであり、これを村会計に繰入れたのは村収入役としてしたものであつても、その間事の性質に区別あることはおのずから明らかである。すなわち組合の収入役としてはその保管する組合所有金を正規の組合の用途以外に流用すること自体がすでに不法行為を構成するものとみるべきであり、その流用金員をいかに費消するかはもつぱら事後の処分の問題にほかならない。これを実質的にみても組合の金員を流用し得たのは組合の収入役であつたためであり、村の収入役であつたためではない。この故にここに構成される不法行為はその行為の外形のみをとらえても村の収入役の職務執行といい得ないことは明らかである。もしそうでないとすると、村の収入役が自己の使込の穴埋めのため他人に対し詐欺窃盗その他不法な金銭取得行為をした場合はすべて村の責任に帰着すべきこととなりその不当なことは明白であろう。従つて村はその収入役たる控訴人中沢礼三の組合に対する不法行為につき民法第七一五条により責任を負うべきいわれはなく、同条によつてこれを弁済すべき法律上の地位にはないのである。もつとも村は現に組合の損失において控訴人中沢礼三の亡失金の補填を受けた限度において不当に利得したものといい得べきことは明らかであり、村はこの意味でその不当利得を組合に返還すべきことは当然であるが、村がその返還をしたことの故をもつて当然直ちに控訴人中沢礼三に対しこれを求償し得るとする根拠はない(その補填せられる以前の本来の同控訴人の費消金額につき同控訴人に対し賠償請求権あることとなるのは考え得ることではあるが、被控訴人は本件においてこの事実を主張するものではない)。しかしながら本件において、事実は村が組合に対して控訴人中沢礼三の債務を弁済したのであり、被控訴人はこの事実にもとずき同控訴人にこれが請求をするのである。その間の法律的見解は必ずしも被控訴人の主張に制約される必要はない。債務は第三者もこれを弁済し得べく、債務者のため弁済した者は債権者の同意を得てこれに代位し得るものである(民法第四七四条、第四九九条。なお村は右弁済につき正当の利益を有するものといい得るかどうかは疑問である)。本件がはじめ組合自身においても控訴人らに対する債権者として前記損害の賠償を求めていたところ、訴訟係属中村において前記のようにこれを弁済するとともに組合は訴を取下げ、村はこの部分につき請求を拡張して自己に支払を求めるにいたつた経緯にてらせば、この点につき組合の承諾及び債務者たる控訴人らへの通知があつたものと認むべきものである。この意味において控訴人中沢礼三が村に対し前記金員を弁済すべき義務あることは明らかである。

二、控訴人中沢英一同小川慎一に対する請求について。

控訴人中沢礼三が昭和二十四年十月八日から昭和二十六年十一月十七日まで村収入役として在任したこと、控訴人中沢英一、同小川慎一の両名が右収入役の就任後昭和二十五年一月一日附で村に対し甲第一号証のような身元保証書を差入れたことは当事者間に争なく、成立に争ない甲第一号証には控訴人中沢礼三が村収入役の事務取扱中万一金銭其の他において欠損を生じた場合身元引受人において連帯してその賠償義務を履行すべき旨の記載があり、これによれば控訴人中沢英一同小川慎一は控訴人中沢礼三が村収入役としてその職務を執行するについてその行為により村に生ぜしめた損害を連帯して賠償すべきことを約したものであることが明らかである。同控訴人らは右身元保証の趣旨は損害金の担保ではなくて、たんに控訴人中沢礼三をして誠実に職務を行わせることを引受けたに止まると主張するが、前記甲第一号証の文言によつても右主張のような趣旨は認め難くその他にこれを認めるべきなんらの資料はない。

同控訴人らは右身元保証契約は公の秩序に反するものとして無効であると主張する。よつて按ずるに普通地方公共団体たる村とその収入役との関係は公法上の関係であるからといつて、その収入役のために私法上の身元保証契約をすることを禁ずべき理由はない。旧府県制、旧市制、旧町村制には収入役等吏員について身元保証を予定する規定があつたが(府県制第一二六条、市制第一七一条、町村制第一五一条)、現行地方自治法及び地方公務員法にはなんらこれに関する規定のないことは控訴人ら主張のとおりであるが、これは身元保証を制度として強制することがないことを示すに止まり、これをもつて直ちに法は市町村の収入役のために身元保証契約を締結することを禁止するものといい得ないことは明らかである。なるほど身元保証は控訴人らの指摘のように封建的連坐制の色彩をまぬがれがたい制度であることは否定し得ず、地方公共団体のような多額の金員を扱う収入役のためにする身元保証が時として苛酷なまでその責任の範囲が及び得べきことも諒し得るところであるが、さればこそすでに法はその適用にあたつて相当の緩和を考慮し(身元保証ニ関スル法律第五条、第六条)、身元保証人の保護をはかり実質的公平を期しているのである。この故に村収入役のためにする身元保証契約がそれ自体無効であるとする主張は採用できない。

しかして控訴人中沢礼三が村収入役在任中村に対し多額の損害を生ぜしめ、その額は昭和二十七年一月現在において金七十万四千九十六円九十三銭であり、後五万円の弁済の結果結局金六十五万四千九十六円九十三銭の賠償義務のあることは先に認定したとおり控訴人中沢英一同小川慎一との関係においてもこれを認め得るところである。

同控訴人らは控訴人中沢礼三は同控訴人らが本件身元保証契約を締結する以前にすでに昭和二十四年十二月中訴外田村吾一に公金五万円を融通しているところから見ても本件村の損害は控訴人らの契約以前に生じたものがあると主張するところ、控訴人中沢礼三の不法行為はその在任期間中にわたつて行われたもので、その一部は契約以前の所為に属することは弁論の全趣旨からうかがい得るけれども、その間同控訴人は随時弁償補填し現に前記組合金の流用による金六十二万五千円の補填は昭和二十六年三月ないし五月のことであること前記のとおりであり、昭和二十七年一月当時の不足金はその結果の帳尻であることが明らかであるから、結局この数額は同控訴人らの身元保証契約以後の分にかかるものであることはこれを推察するに難くない。

被控訴人は村の前記組合に対する弁済金十一万二千七百三十四円六十銭についても同控訴人らに対しその身元保証契約上の義務ありとしてこれが賠償を求めるものであるけれども、本件身元保証契約の趣旨は前記のとおりで、控訴人中沢礼三が組合にこうむらせた損害を担保する趣旨はないのみでなく、同控訴人の組合に対する不法行為は村収入役の職務の執行についてしたものといい得ないことまた前記のとおりであるから、同控訴人が組合に対して賠償責任あることから当然にはこれを本件身元保証の対象とし得べきものではない。それとともに、村が組合に弁済したのは民法第七一五条によるものとは認め難いのであるから、これをもつて控訴人中沢礼三の村収入役としての行為により村がこうむつた損害とはいい得ず、右弁済により村が組合に代位するとしてもなお同控訴人らに対しその賠償を求めることはできない。村の前記弁済がその不当利得の返還であるとすれば、いよいよその契約上の対象から遠ざかることは明らかである。従つていずれの意味においてもこの点の被控訴人の請求は失当である。

よつてさらに同控訴人らの身元保証ニ関スル法律第五条にもとずく主張につき判断する。

同控訴人らが本件身元保証をするにいたつた事情は、原審証人堀田誠一郎の証言及び当審における控訴人中沢礼三本人の供述によれば、従来村においては収入役のためその近親者をして身元保証をなさしめもしくは当該収入役に物的担保をあらかじめ供せしめることを慣例としていたところから、控訴人中沢礼三の場合もこの例にのつとり、その就任後約三カ月を経た昭和二十五年一月一日附で同控訴人の義兄及び実兄でいずれも相当の資産信用を有する控訴人中沢英一同小川慎一の両名を堀田村長から指名し同人らに身元保証をなさしめたもので同控訴人らは控訴人中沢礼三に対する情誼上これを拒むことは困難であつたことを認めることができる。

次に控訴人中沢礼三の使用者としての村の側における監督に関する過失の有無につき検討する。普通地方公共団体たる村の収入役に対する身分上の監督は村長のするところであり(地方自治法第一五四条)、またその職務たる会計についても村長に監督権あることは明らかである(同法第一四九条第四号)。しかるに当時の村長堀田誠一郎はすでに認定したように個人としては村有公金の保管者である控訴人中沢礼三をして公金中から自己に融通をなさしめ、また遊興飲食代金等の立替支払をなさしめたことのあるのは争い難い事実であり、その額は控訴人ら主張のようなものではないとしても、監督の任にある村長にしてかくの如き所為ある以上、あえて会計紊乱の誘発といわずとも、その監督の厳正公平に行われることの期待し得ないことは容易に推測し得るところである。また成立に争ない甲第五号証の一ないし三の記載と原審証人大島民蔵、同杉本宗一郎、同堀田誠一郎、同五十嵐幸雄、同小関静夫、原審及び当審証人上野哲二の各証言とをあわせれば、村においては収入役の取扱にかかる会計事務につき地方自治法の規定にもとずき毎月一回村長においていわゆる例月検査をし、毎年二回村長と村議会議員四名の立会をもつてするいわゆる臨時検査等を施行することとなつていたが、例月検査は村長においてたんに帳簿にもとずき項目を調査するだけでその保管現金の高は一度も調べたことなく、臨時検査は昭和二十四年度は昭和二十四年十月二十九日及び昭和二十五年三月二十七日、昭和二十五年度は昭和二十六年二月三日及び同年三月二十七日に施行したが、昭和二十六年度には同年七月二十四日所轄地方事務所の検査があつたのみで事件発覚まで実施するにいたらなかつたのであるところ、これらの臨時検査には各款項目毎に歳入歳出の調定額、収入額、欠損額を記載した表を出させ、この表にもとずき歳入簿歳出簿の締高と照合し帳簿の締に検印し、次に歳入から歳出を差引いた在金高を算出し、この在金高から各予貯金及び未決裁の仮払金を差引いて現金高を算出し、これと現金とをあたつてたしかめる方法をとつたものであるが、控訴人中沢礼三の公金亡失はすでにその就任の直後からはじめられ、その額もぼう大にのぼるのに、これらの各検査によつては全くその不正を発見するにいたらず、たまたま昭和二十六年十一月にいたり警察の探知するところとなつてはじめてこれに気付くにいたつたものであることを認めることができる。もちろん控訴人中沢礼三としてはその公金亡失の事実をかくすため帳簿上のごまかし、未処理の仮払金の仮装、他の金員をもつてする補填、あるいは会計年度と帳簿閉鎖期(毎年五月三十一日、地方自治法第二四一条)とのずれを利用する繰作等々の方法を用いていたことは前記各証拠から明らかであり、もともと会計事務は複雑でその検査には相当の知識経験を要することもこれを諒し得るところであるけれども、会計検査は要するにその会計事務が適正に行われているかどうか、収入役その他の吏員がその事務につき非違過失錯誤等をおかしていないかどうかを検するにあるものであるから、検査の方法はともかくとして検査はそれによつて検査の目的を達するように実施しなければ無意味である。本件において検査の実施にもかかわらず長期にわたる会計の不正を指摘し得なかつたことは、結局においてその検査が要するに形式的のもので事の実態を吟味するものでなかつたことを証するものといわなければならない。控訴人中沢礼三にして前記のような種々なる操作をし、検査に困難があるとしても、事にあたるものが相当の用意をもつてこれに臨んだならば、これらの不正の発見は決して不可能ではないといわなければならない。前記各証言によれば特に昭和二十七年六月には地方事務所の検査がなされ、監督者たる村長もこれに立会つたが、この時はすでに控訴人中沢礼三はすでに公金約百万円以上を亡失していたので、その現金不足をかくすため、たまたま昭和二十五年度に中学校建設費として二百四十六万余円の予算が計上されていたが予算に相応する現実の収入の不足を補うため村において金百万円を第四銀行稲田支店から借受けることとなつていたのを利用することとし、同日これを正式に借受けた上、この借受金を右検査の際いわゆる「見せ金」として使用していることが明らかである。右借入の事実は帳簿に登載されていないとしても、村長及び村会議長はこの借入書に個人として署名しているので当然承知しているはずである。借入金は借入金としてそれに見合う現金が存在しなければならないわけであるから、これを「見せ金」として使用するとしてもできないことである。当審証人清水留吉の証言によれば右中学校舎建築請負人たる清水は右検査の当時までに工事請負報酬金のうち百八十万円を受預したのみで残額八十六万余円は未済であり、その頃までに差入れた領収書は右現実に受領した百八十万円に関するもののみであつて、同人が同年五月三十一日までに全額受領した旨の領収書を村に差入れたのは検査の後たる同年八月二十一日であることが明らかであるから、右検査の当時未払工事代金が支払ずみのような領収書が村に備えられていた事実はないといはなければならない。従つて当事右検査に立会つた村長が、少しく注意すれば控訴人中沢礼三のかようなからくりは容易に発見し得たはずである。これを要するに控訴人中沢礼三の使用者たる村の側においてその監督につき過失あることはとうてい本件において否定し得ないものといわなければならない。

以上認定の控訴人中沢英一同小川慎一の本件身元保証をするにいたつた事情、使用者たる村の側における監督上の過失及び前認定の弁済の事実その他本件にあらはれた一切の事情しんしやくし、右控訴人両名の賠償責任を全くなしとすることはできないけれども、その金額において相当に減額せられるべきものと認め、結局その連帯して賠償義務ある金額は金三十万円をもつて相当と判断する。

三、村の廃止と被控訴人の承継。

新道村が昭和二十九年四月一日から廃せられ、その区域を被控訴人高田市に編入され、従前の村の権利義務一切は被控訴人高田市において承継したことは控訴人らの明らかに争わないところである。

四、結論。

しからば控訴人中沢礼三は被控訴人に対し前記二口合計金七十六万六千八百三十一円五十三銭及び内金六十五万四千九十六円九十三銭に対する本件訴状が同控訴人に送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和二十七年五月二日から、内金十一万二千七百三十四円六十銭に対する本件口頭弁論期日においてその請求をした日の翌日であること記録上明らかな昭和二十七年十月二十一日から各支払ずみまで年五分の遅延損害金を支払うべき義務があり、これを求める被控訴人の請求は正当として認容すべく、控訴人中沢英一同小川慎一は各自被控訴人に対し右金三十万円及びこれに対する本件訴状が同控訴人らに送達された日の後たる昭和二十七年五月二日から支払ずみまで年五分の遅延損害金を支払うべき義務あるもその余の義務なく、同控訴人らに対する被控訴人の本訴請求を右の限度で正当として認容しその余を理由のないものとして棄却すべきである。

よつて原判決中控訴人中沢礼三に関する部分は相当であるから同控訴人の本件控訴は理由のないものとして棄却すべく、その訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十五条第八十九条を適用し、原判決中控訴人中沢英一同小川慎一に関する部分は右の限度で変更すべく、その訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十二条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

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